【太閤葛餅】秀吉公と秋月にまつわる歴史

天正十五年(1587年)、豊臣秀吉公は豊後・大友宗麟公からの要請を受けて、九州全域に勢力を伸ばして来た島津氏との戦のため、約二十万の大軍勢を率いて九州に出兵。当時、博多を除く北部九州一帯治め、島津氏と盟約を結んでいた秋月種実公と対峙します。種実公は、戦に臨み奮闘しましたが、秀吉公得意の一夜城作戦やその壮大なスケールを誇る秀吉軍に戦意を喪失して降伏します。

そして、このとき、茶の世界で名器と謳われた「肩衝茶入楢柴(かたつきちゃいれならしば)」を秀吉公に献上したことで許され、宮崎県高鍋へ国替えをさせられました。

秀吉公は、秋月をおおいに気に入り三日間滞在したと言われています。その時、秀吉公自ら座ったとされる石が今も秋月に現存しています。この太閤秀吉公腰掛の石は、太閤出世石とも呼び、この石に座ると出世するとの言い伝えもあります。

太閤葛餅は、秋月の歴史的なエピソードである太閤秀吉公腰掛の石をモチーフにしています。

秋月歴史浪漫菓子「太閤葛餅(たいこうくずもち)」3/16より販売開始いたします。

【太閤葛餅】秋月に現存する、太閤秀吉公腰掛の石

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